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浦和地方裁判所 昭和47年(ワ)820号 判決

原告 大野善司

右訴訟代理人弁護士 瑞慶山茂

右同 上条貞夫

被告 大野綾枝

右訴訟代理人弁護士 片岡彦夫

右訴訟復代理人弁護士 新井毅俊

主文

一、被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載2の建物を引渡し、かつ、昭和五一年一二月二一日から右引渡済みに至るまで一か月金二八万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二、被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載2の建物につき、昭和四六年一二月二〇日付贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三、訴訟費用は、被告の負担とする。

四、この判決の第一、第三項は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  (主位的請求) 主文一、二項同旨の判決

(予備的請求) 被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載2の建物を収去して、同目録一記載1の土地を明渡し、かつ、昭和五一年一二月二一日から右明渡済みに至るまで一か月金一〇万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言(但し、主文二項の請求を除く)

二、被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、別紙物件目録一記載1の土地(以下本件土地という)を所有している。

2  被告は、昭和四一年一〇月一五日、原告に無断で、本件土地上に別紙物件目録一記載2の建物(以下本件建物という)を建築し、本件土地を占有している。

3  そこで、原告は、昭和四五年に至り、被告に対し、直ちに本件建物を収去して、本件土地を明渡すよう求めたところ、同年一一月ころ、原、被告間において、次の合意が成立した。

(一) 被告は、近い将来、本件建物を原告に無償譲渡し、本件土地を明渡すことに代える。

(二) 原告は、右履行がなされるまでの間、被告が本件土地を使用することを認め、被告は、その使用料月額金一万円を毎年六月末、一二月末に支払う。

その後、昭和四六年一二月中旬ころ、本件建物の引渡しの時期を、昭和五一年一二月中旬とする旨の合意が成立した。

4  仮に、右が認められないとしても、昭和四五年一一月ころ、被告は、原告に対し、被告夫婦が本件建物からの賃料収入をあてにしないで生活ができるようになった時に本件建物を贈与する旨約したところ、昭和四九年一一月二六日現在において被告夫婦は、本件建物の他、別紙物件目録二記載の不動産を有し、一か月金四〇万円を下らない賃料収入を得ており、本件建物からの賃料収入をあてにする必要はなくなり、そのころ右条件は成就したから、遅くとも、昭和五一年一二月二〇日には、本件建物を引渡す義務が生じたというべきである。

5  被告は、本件建物の賃料として、一か月金二八万九〇〇〇円の収入を得ており、引渡しの遅滞により、原告に対して、同額の損害を被らせている。

6  よって、原告は、被告に対し、右契約の履行及びその履行遅滞を理由とする損害賠償として、主位的請求1、2の裁判を求める。

7  仮に、右契約が認められない場合には、本訴(昭和四九年一一月八日付準備書面)において、前記使用貸借契約解除の意思表示をなしたうえ、本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すと共に、昭和五一年一二月二一日以降右明渡済みに至るまで一か月金一〇万円の割合による賃料相当使用損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する答弁及び抗弁

1  請求原因1の事実、同2の事実中、被告が本件建物を所有し、本件土地を占有している事実、以上は認め、その余の請求原因事実は、すべて否認する。

2  (贈与の主張に対する仮定抗弁)

仮に、被告が原告に対して、本件建物を贈与する旨の意思表示をなしたとしても、右は、書面によらない意思表示であるから、被告は、本訴(昭和五〇年一〇月八日付準備書面)により、これを取消す旨の意思表示をなした。

3  (本件土地の占有権限について)

被告は、昭和四一年一〇月一五日以降、本件建物所有を目的として、本件土地を無償にて借受けていたが、昭和四六年六月二五日、原告から、同日以降、期間の定めなく、本件建物所有を目的として、本件土地を賃借(賃料月額金一万円、毎年六月末日及び一二月末日に後払い)した。

仮に然らずとしても、被告は、昭和四一年一〇月一五日、本件土地につき、本件建物所有を目的とする期間の定めのない地上権の設定を受けた。

三、抗弁に対する答弁及び仮定再抗弁

1  抗弁2は争う。本件贈与契約は、単純な贈与契約ではなく、原告所有の本件土地上に被告所有の本件建物が存在するという事態を解消するために土地の明渡しに代えて本件建物を贈与する旨約されたものであるから、民法第五五〇条の適用はなく、これを取消すことはできない。

2  抗弁3の事実は否認する。

3  (占有権限―賃貸借契約の成立―に対する再抗弁)

仮に、被告主張の賃貸借契約が成立したとしても、昭和四六年一二月中旬ころ、五年経過と共に合意解除し、本件土地を明渡す旨の合意が成立した。

四、再抗弁に対する答弁

再抗弁事実は否認する。

第三、証拠《省略》

理由

一、原告が本件土地を所有していること、被告が昭和四一年一〇月一五日、本件土地上に本件建物を建築し、本件土地を占有していること、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二、原告は、被告は原告に無断で本件土地上に本件建物を建築し、不法占拠していることを前提としたうえ、原告と被告の間で、本件建物を収去する代わりに、本件建物を原告に無償譲渡する旨の合意が成立した旨主張するので、まず、被告が本件土地上に本件建物を建築した事情から判断するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  原告は、訴外大野健一の子供、被告は、大野健一の妻であり、原告の継母にあたるところ、原告は、昭和四七年ころまで、大野健一の経営する材木商有限会社大野商店で働き、父母と生計を共にしていたものである。

(二)  本件土地は、原告の祖母である大野エンから、昭和一九年ころ、原告に対し贈与されたものであるが、当時原告は幼年(昭和一二年三月四日生れ)であったため、その管理は、大野健一が行ない、昭和四五年まで引続き、その公租公課を大野健一が支払ってきた。そのため、原告は、昭和四五年六月ころ、原告のもとに本件土地の固定資産税納付書が送付されて初めて、本件土地が原告の所有であることを知った。

(三)  大野健一は、昭和四〇年ころ、家族の生活費の足しにするため、本件土地に貸家を建築することを計画し、本件建物を建築し、被告名義とした。建築に際し、原告を含む家族に資金計画等につき相談はしたが、本件土地の所有者である原告から、本件土地を使用させてもらうことにつき格別了承を得るようなことはしなかったし、原告に対し、本件土地が原告の所有であることを知らせなかった。

右認定事実によれば、被告もしくは訴外大野健一は、所有者である原告の承諾を受けることなく、本件土地上に本件建物を建築したものであり、本件土地を占有する正当な権限を有しないものである。(被告は、原告から、本件土地の無償使用を認められたとか、地上権の設定を受けたとか、主張するけれども、これらを認めるに足る証拠はない。)

三、そこで、原告主張の如き本件建物を無償譲渡する旨の合意が成立したか否かについて判断するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  原告は、前記認定の如く、昭和四五年六月ころになって、初めて、本件土地が原告の所有であることを知り、大野健一と被告に対し、自己の承諾なく、本件建物を建築したと追及し、即時本件建物を収去するよう要求したが、被告らから、本件建物からの賃料収入がなくなると生活に差障りがあるから直ちに収去することはできないが、将来、本件建物を原告に無償譲渡する方向で解決したいとの申入れを受け容れ、昭和四五年一一月ころ、原・被告間において、(一)、将来、原告に本件建物を無償譲渡することとし、原告は本件建物の収去を求めない。(二)、それまでの間、被告は原告に対し、公租公課等に見合う使用料(因みに昭和五一年度の本件土地の固定資産税額金一一万七〇〇〇円、同都市計画税額金七万七四〇〇円、昭和五二年度は同じく金一二万四一五〇円と金五万一六〇〇円である。)として、一か月金一万円を、毎年六月と一二月の末日に後払いするとの一応の合意が成立した。

(二)  昭和四六年ころ、原告は、前記大野商店から独立して、材木商を経営しようとの考えを抱き、本件土地を店舗にしようと考え、大野健一と被告に対し、本件建物の引渡しの時期を明確にするよう求めたところ、同年一二月中旬ころ、訴外壁谷正已の同席する場において、大野健一及び被告が、原告に対して、本件建物建築のための借入金の返済が終了するまでの五年間の猶予を求めたため、五年後に、本件建物を引渡す旨の合意が成立した。

右によれば、昭和四六年一二月中旬ころ、原被告間において、土地の不法占拠を解消することを内容とする昭和四六年一二月中旬から五年後の昭和五一年一二月中旬を引渡時期とする本件建物の無償譲渡(贈与)契約が成立したものというべきである。

四、被告は、右無償譲渡の意思表示は書面によらざる意思表示であるとして、本訴において取消の意思表示をする(右意思表示がなされたことは、本件記録上明らかである)けれども、前記のとおり、本件建物の無償譲渡は、本件土地の不法占拠を解消するためになされたものであり、単純なる贈与契約ではなく、和解契約の性質を帯びた契約であり、これを実質的にみても、原告が本件土地の使用収益権を五年間放棄することと引きかえになされたものであるから、書面によらざるものとしても民法第五五〇条により取消すことは許されないものというべきである。

よって、被告の抗弁は失当である。

五、右によれば、被告は、原告に対し、前記合意に基づき、遅くとも昭和五一年一二月二〇日までに、本件建物を引渡す義務を負担したものというべく、これを遅滞したことにより原告の被った損害を賠償すべきところ、《証拠省略》によれば、昭和五一年一二月当時、本件建物の賃料収入は一か月金二八万九〇〇〇円を下らないものと認められ、原告は同額の損害を被ったものというべきである。

六、以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の主位的請求は、いずれも理由があるから、正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田武明)

〈以下省略〉

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